No Country for Old Men

adf2008-03-24


一応、ネタバレっぽい箇所は白抜きしています。

コーエン兄弟の最新作でアカデミー賞作品。僕にとってはこれがきちんと映画館で観た初めてのコーエン兄弟作品*1だったけど全く問題なく楽しめました。オスカーは伊達ではないって感じ。

既に様々なメディアでも語られているとおり、この映画で最も強く印象に残るのは殺し屋アントン・シガー*2の圧倒的な存在感だった。殺し屋シガーはこの物語における恐怖*3を一手に担っていて、その恐怖の種類は台風とか地震とか交通事故とか戦争のような天災だとかどうしようもないような強大で理不尽な運命や歴史の力に感じるそれに近いものとして描かれている。作中において、シガーの行動の全ては自ら感情に従うのではなく、何かしらのルールに則って対象となる相手の選択や決断の結果として行われる。つまりシガーは自らの役割は「人生を終わらせる(殺す)」という結果を対象に届けることであり、人生が終わるか否かの決断や選択は対象の人物が行い、その責任も対象者自身が負うと考えているのではないかと、僕は思う。それは天災や戦争といった理不尽な運命の力が、その被害者達に責任を持たないことと似ている。だからクライマックスで、選択を放棄した人物に対してシガーが自らの意思でアクションを行うことにより彼は他と同じ人間となり、彼自身も理不尽な運命の力の下にさらされたのだと思う。

本作における主役は、しかしながらシガーでもそのシガーから命をかけて逃げ続けるルウェリン・モスでもなく、ストーリーの本筋には直接拘らず、シガーと最後まで出会うこともないトミー・リー・ジョーンズ演じるエドトム・ベル保安官で、その理由は作品のタイトルと映画を最後まで観れば多分明らかなはず。彼は終始困った顔で何もできずに、事態を静観し続ける。批評家達の何人かは、物語の最初と最後に語られる彼のモノローグをアメリカ合衆国の現状に対するメッセージであるという風に捉えていたようだったけれど、僕は徐々に酷くて良くない方向に進みつつある運命と歴史の流れに対して如何に人間(個人)が無力かを伝えているのだと思った。

どうでも良いけど、取引先の人がトミー・リー・ジョーンズ似て蝶。特に困った顔が似ているので、打ち合わせ中とかに理由もなく困らせたくなる衝動に駆られる。いつか衝動に負けるんじゃないかと、わりと心配。

*1:随分昔、まだ僕が10代だった頃に、テレビで途中からバートン・フィンクを観たことがあるけれど、あまり良く覚えていなかったりする

*2:この作品でオスカー俳優になった、男前スペイン人俳優のハビエル・バルデムさん変な髪型で演じる

*3:本作ではコーエン兄弟の作品の特徴の一つらしいユーモアは陰を潜めているのだけれど、シガーの髪型とか必殺の武器とかといったディテールの描写はユーモアたっぷりに描かれていて、そこが逆に内面に全くユーモア(人間らしさ)を感じられないシガーというキャラクターの怖さを際立たせていたりする