トウキョウソナタ

adf2008-11-03


日本屈指のホラー映画監督の黒沢清さんの新作にして、この監督にしては珍しくホラーではない映画。でも、黒沢監督がホラー映画で見せるザワザワとなんだか心が波立つような居心地が悪く訳もなく不安になるようなカメラワークは本作でも健在で、何でもないシーンであっても何か意味や意図があるような、奇妙な感覚を味わうことができる。

映画はある家族の家族というフレームそのものが崩れていく(あるいは既にくずれている)様が描いていて、しかし崩壊に至る過程で重ねられるエピソードは深刻さや重苦しさを欠き、時にコントっぽく語られる。日本を代表する恐怖漫画家兼ギャグ漫画家の梅図かずお先生曰く『世の中の出来事は、それを見る立場で、怖いと感じるか、おかしいと感じるか、それだけのこと』つまり恐怖と笑いは紙一重だと語ったけれど、黒沢監督も同じ考えのようで、リストラやいじめ、戦争や犯罪といった深刻で悲劇的な出来事はコントっぽく表現される反面、友人や同僚やクラスメート、そして最も近くにいるはずの家族といった身近な人々が何を考え、何を思っているのかが分からない*1という極めて主観的で私的なことの方が深刻で恐ろしいものとして演出されている。

家庭の崩壊に伴い自分自身をも見失っていく登場人物たちが、それぞれ象徴的なクライマックスの出来事を経てたどり着くラストシーンまでの流れはとても美しくて、とても素晴らしい。

役者さんでは香川照之さんが矮小だけれど、それが極めて人間らしい主人公を好演。子役の二人も存在感ある感じで素晴らしい。でも、その存在でかろうじて家族を家族として成り立たせている『お母さん役』をキョンキョンのまま演じる小泉今日子さんが一番素晴らしいかも。息子に手を上げてしまった夫に対して言い放つ台詞は本作で最も印象的。ズキューン*2ってきます。

*1:本作では登場人物の感情や考えが明確に説明されることはなく、彼/彼女が何を思い、何を考えているのかは他の登場人物はおろか、観客に対しても明かにされない

*2:ずっと自分を抑えていた『お母さん』が言い放つからこそ