Inception
クリストファー・ノーラン監督、脚本、製作のSF映画。メメントはDVDを購入するくらいには好きだし、ゼロ年代の個人的なベスト映画であるダークナイトについては言うまでもないくらい素晴らしかったのに、何故かあまり信頼していなかった*1というのが僕のノーラン監督に対する評価ではあったけど、本作を観賞後その認識を大いに改めることとなった。それどころか、迷わずオールタイムベストテンのリストに追加するくらいの大傑作だった。
SF映画において最も重要なのはルールであると、僕は考えていて。ここでのルールとは、作中の世界観や法則といった物語内の設定だけでなく、演出方法やフィクションライン*2をどこに設置するかといった物語の外のルール*3までを含んでいる。本作でノーラン監督は、複雑で難解な物語の内(ゲームのルール)と外(作り手)のルールを、映画でしか不可能な方法でシンクロさせるという離れ業に成功している。
作中、夢は多層的な構造となっており、誰かの夢に別の誰かが設計した夢にまた別の誰かが侵入したり連れてこられたり、さらにその中で夢をみることでより深い層の夢*4や、その中で夢をみることでさらに深い層の夢*5や、さらにその中でみる夢*6が存在しているというのが、本作における基本的なゲームのルール。物語の外(作り手)のルールについても同様で、本作はSF映画であり、ケイパー映画ものでもあり、アクション映画でもあり、ラブストーリでもあり、ヒューマンドラマでもあるという多層的な構造となっていて。それは単に多くのジャンルを包括しているだけじゃなくて、ノーラン監督が映画という夢を使って、現実世界の我々観客にアイデアをインセプション*7するメタ構造でもあったりする。
また、上述のゲームの基本ルールに加え、上層で起こった音や振動といった物理的な衝撃はそのまま下層の夢の世界に影響を与え、夢の階層が深くなるごとに時間の進み方は遅くなったり、夢の中での死の扱いや、夢の中の登場人物*8たちの振る舞い、夢からの覚め方*9や、トーテムの設定まで、夢に関する様々な制約や法則が存在していて。更に、浅い層の夢に残る人や、深い層の夢にいる人、さらに深い層にいる人や、さらに・・・が、異なる時間の流れの中で、上層の物理的な影響を受け*10、互いに干渉し合いながら同時進行で描かれる。普通であれば観客はたちまちストーリーを見失いテーマを理解できずに睡魔に襲われそうなもんだけど、ノーラン監督はここでも離れ業に成功している。十分に時間をかけ情報整理がパーフェクトに近い形で行われた緻密な脚本*11と、言語思考ではなく全てを映像思考にて説明する極めて映画的な演出により、通常の健康・精神状態にある人なら誰でも理解できるようストーリーテリングがなされている。
あと、ノーラン監督の俳優(男性限定)をセクシーに撮る能力は本作でも健在で、最近めっきり中年らしさが目立ってきたレオナルド・ディカプリオは久しぶりにクールだし、アメリカ草食男子代表ことジョゼフ・ゴードン=レヴィット(JGL)は「サマー」の時とはイメージが大きくことなるフォーマルファッションでシャレオツイケメンを好演*12している。渡辺謙さんもこれまでのヘンテコなアジア人役から、やっと普通に男前な役なので、ジャパニーズとしても溜飲下がった。男性陣に比べて、女優陣*13がセクシーさゼロで、人間らしさにすら乏しい*14ので、既婚者だけどノーラン監督ってばはやっぱり・・・って思った。
僕は本作を川崎のIMAXで観たのだけれど、この選択は大正解だった。トレイラーでも流れていた街がひっくり返ったりするインパクトある映像が大画面で観れたのも勿論良かったけど、もっと素晴らしかったのは音響が良かったこと。ダークナイトでは、徐々にボリュームアップする不快な旋律をジョーカーの取調べシーンでバックに流すことで、僕らの感情を見事にコントロールしてみせたけれど、本作ではブウォーーーン*15という音が印象的な圧迫感ある曲を度々使って、劇場に緊張感をもたらすことに見事に成功していた。その上、メッセージまで隠されている*16っていうのが衝撃的で、ノーラン監督すごすぎ!っていうか何かちょとパーペキ*17すぎてこわいくらい。
*1:スピルバーグやQT、デビット・フィンチャーみたいに個人的に新作が公開されたら必ず観に行く映画監督にカウントしていなかった
*2:(C)三宅隆太氏
*3:広義のデザインと言っても良いかも。
*4:夢の中の夢
*5:夢の中の夢の中の夢
*6:夢の中の夢の中の夢の中の・・・以下略
*7:ラストカットが作中でどのような意味を持っていたかや、エンドクレジットでタイトルが何度も表示されたり、最後にかかる曲がキックの合図であることから、映画自体(エンドクレジットの終わる最後の瞬間まで)が監督から観客に向けたインセプションだっていうことだと思う
*8:現実には存在しない夢の所有者の深層意識の産物
*9:キック
*10:斜めになったり、無重力になったり、びしょ濡れになったり
*11:他の人の感想にあるようにツッコミどころも無くはないのだけれど、重要な部分とどうでも良い部分が明確に緩急をつけて描かれているため全く気にならない。このあたり、ノーラン監督の作家性がデザイナー的であるところが原因かも。
*12:無重力でくねくね大活躍したり、エレン・ペイジにスマートにキスしちゃったりとか、おすぎ大興奮!多分。
*13:といっても主要な役では二人だけだけど
*16:http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20100729/inception
*17:パーフェクトで完璧の略